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佐賀地方裁判所 昭和60年(行ウ)2号 判決

佐賀市西与賀町字今津乙一四九番地の二

原告

大庭輝治

右訴訟代理人弁護士

本多俊之

河西龍太郎

佐賀市堀川町一番五号

被告

佐賀税務署長

國分新吾

右指定代理人

田邊哲夫

末廣成文

岩本嘉昭

永田善則

山本和成

佐藤治彦

樋口隆造

石橋一男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年二月一六日原告の昭和五四年分及び昭和五六年分の所得税についてした各更正及び各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は住所地において、水産練製品(竹輪、天ぷら等)の製造業を営んでいるものである。

2  原告の昭和五四年分及び昭和五六年分(以下、「本件係争各年分」という。)の各所得税について、原告のした各確定申告、これに対する被告の各更正(以下、「本件各更正」という)及び各過少申告加算税賦課決定(以下、「本件各賦課決定」という。)、これに対する原告の異議申立て及び国税不服審判所長に対する審査請求とこれについての決定及び裁決の経緯は別表1及び2記載のとおりである。

3  しかしながら、原告の本件係争各年分の所得金額は、別表1及び2の確定申告欄の総所得金額欄記載のとおりであり、本件各更正は、原告の所得を過大に認定したものであるから違法であり、また、本件各賦課決定も所得を過大に認定した本件各更正を前提とする点において違法である。

よつて、原告は、本件各更正及び本件各更正及び本件各賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の事実を認め、同3の主張は争う。

2  被告の主張

(一) 原告の本件係争各年分の総所得金額及びその内訳は別表3記載のとおりであるから、その範囲内でされた本件各更正及び本件各賦課決定には所得を過大に認定した違法はない。

(二) 原告の本件係争各年分の事業所得の金額の算出内訳は別表4記載のとおりであり、その算出根拠は以下のとおりである。

原告は、被告の本件係争各年分の所得税に関する調査に当たり、帳簿書類を提示せず、また、その調査にも協力しなかつたばかりでなく、原告が備え付けている帳簿書類は不完全で、記載内容も不正確なものであるから、被告において帳簿書類等に基づいて事業所得の実額を算出することが不可能であつた。

そこで、被告は、やむを得ず、原告の取引先を調査することによつて判明した仕入金額を基礎として、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を次のとおり推計した。

(1) 売上原価の額について

原告の仕入取引先を調査した結果判明した仕入状況は別表5記載のとおりであり、被告は原告の本件係争各年分の仕入金額を

昭和五四年分 六一〇三万八九三〇円

昭和五六年分 七二一四万八七一〇円

と認定した。そして、右各年分の原告の年初、年末の棚卸額をいずれも同額と推定し、右の仕入金額をもつて右各年分の売上原価の額とした。

(2) 売上金額、必要経費の額及び事業専従者控除額控除前の所得金額について

(1)の売上原価の額をもとに、以下の方法で推計した。

被告は、原告と同じく佐賀税務署管内に事業所を有する青色申告者で、原告と業種、業態、規模等が類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の売上金額に対する売買差益金額(売上金額から売上原価の額を控除した額)の割合(以下「売買差益率」という。)、売上金額に対する必要経費(事業所得を得るに必要とされる売上原価を除く費用の額)の割合(以下「必要経費率」という。)、及び売上金額に対する事業専従者控除額控除前の所得金額の割合(以下「所得率」という。)を用いて、それぞれの額を算出する方法を採用し、以下に述べる基準により類似同業者を選定した。

〈1〉 原告の納税地(住所地)を管轄する佐賀税務署管内に事業所を有し、かつ、原告と同業の水産練製品製造業を営む者

〈2〉 昭和五四年ないし昭和五六年について青色申告の承認を受けている者

〈3〉 水産練製品の原材料の仕入金額が、原告の昭和五六年分のそれのおおむね半分以上二倍以下、すなわち三六〇〇万円以上一億四〇〇〇〇万円以下の範囲にある者。

〈4〉 年を通じて水産練製品製造業を営んでいる者

〈5〉 税務署長から更正又は決定処分がなされている者にあつては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立の処理及び訴訟が終結した者

被告は、右基準により同業者の選定を行つたところ、佐賀税務所管内で右基準に該当する同業者は一名であつた。

被告は、右により選定された類似同業者が一名のみであつたので、類似同業者と原告の業種、業態、規模等について更に対比、検討したところ、両者とも、ちくわの製造を主体とした水産練製品製造業者であること、昭和五四年ないし昭和五六年を通じて主たる仕入れ先がほぼ一致していること及び製品の主な販売先が地元のスーパー及び小売店であることが判明し、先に述べた選定基準による類似性と相まつて、右選定された類似同業者は、原告の事業の業種、業態、規模等と強い類似性を有しており、推計を行うに当たつて類似同業者が一名であつても、これを基準とすることに何ら不都合はないと判断された。そして、右の類似同業者の売上金額、売上原価の額及び必要経費の額は別表6記載のとおりであるから、その売買差益率、必要経費率及び所得率は左記のとおりとなる。

昭和五四年分 売買差益率 三八% 必要経費率 二五% 所得率 一三%

昭和五六年分 売買差益率 三八% 必要経費率 二六% 所得率 一二%

そこで、被告は、本件係争各年分につき、原告の前記売上原価の額と右売買差益率とから売上金額を算出し、更にこの売上金額に必要経費率及び所得率を乗じて、必要経費の額及び事業専従者控除額控除前の所得金額を別表7記載のとおり算出した。

(3) 事業専従者控除額について

原告の本件係争各年分の事業専従者は、原告の長男大庭武雄、長男の妻大庭節子及び長女大庭美智子がこれに該当すると認められるところ、昭和五九年法律第五号による改正前の所得税法五七条三項一号により、その控除額は事業専従者一名について四〇万円であるから、原告の右各年分の事業専従者控除額はいずれも一二〇万円であつた。

(4) 事業所得の金額について

以下のとおりであるから、原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、

昭和五四年分 一一五九万八四八五円

昭和五六年分 一二七六万四二六六円

となる。

三  被告の主張に対する認否及び原告の主張

1  被告主張の本件係争各年分の原告の不動産所得及び配当所得の金額については認め、事業所得の金額については争う。

2  被告の係官重松一俊は、原告と原告の長男大庭武雄をとりちがえ、同人に調査を求めても原告には一回の調査も求めず、原告に対しては、何らの調査もしていないし、同係官は原告に対する質問調査をするにあたつて、佐賀民主商工会の者の立ち会いを認めず、原告がどのような帳簿を備えているかも尋ねず、調査の理由も述べず調査を打ち切つたのであり、原告は被告の調査に対して非協力的な態度はとつておらず、推計課税の必要性は認められない。

3  被告の推計課税の基礎となつた同業者は一業者に過ぎず、原告の昭和五六年の所得が昭和五四年に比して大幅に減少した特殊事情(販売先の拡大に伴う従業員の増加、交通費の増額、竹輪一本あたりの売値の下落)が同業者の場合にもあてはまるかどうか疑問であるから、被告の推計課税には合理性がない。

4  原告の本件係争各年分の事業所得(但し、事業専従者控除額控除前の所得金額)の実額及びその算出根拠となる収益と費用の内訳は、別表8及び9記載のとおりである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

一  請求原因1及び2の各事実並びに被告の主張(一)の事実中、本件係争各年分の原告の不動産所得及び配当所得の金額については、当事者間に争いがない。

二  被告の主張(二)のうち、本件係争各年分の原告の事業所得についての推計の必要性の存否について判断するに、後記認定のとおり、本件各更正当時、原告は本件係争各年分の売上について、信頼できる帳簿又はこれに代る資料を備え付けていなかつたし、他に、被告が原告の本件係争各年分の事業所得の実額を算出することを可能とする資料が存在した事情は窺えないから、その余の点について判断するまでもなく、右事業所得については推計の必要性があつたというべきである。

三  そこで、原告の本件係争各年分の事業所得の金額について検討する。

1  売上原価の額について

弁論の全趣旨によりその成立が認められる乙第五号証の一ないし五、第六号証の一、二、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一ないし四、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし三、第一二号証、第一三号証の一ないし六及び第一四号証によれば、昭和五四年及び昭和五六年(以下「本件係争各年」という。)における原告の仕入状況は別表5記載のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、原告が、長期保存が困難な食料品である竹輪、天ぷら等の水産練製品の製造業者であることから、原告においては、本件係争各年に仕入れた原料等によつて製造された商品は、同年中にすべて売却し尽くせるか、少なくとも売れ残り(次年に繰り越される棚卸高)がほとんど無視できるものと言えるから、本件係争各年に置ける売上原価の額は当年分の仕入金額と同額と推定できる。

そうすると、原告の本件係争各年分の売上原価の額は、昭和五十四年分が六一〇三万八九三〇円、昭和五六年分が七二一四万八七一〇円となる。

2  売上金額、必要経費の額及び事業専従者控除額控除前の所得金額について

(一)  成立に争いのない乙第一ないし第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、推計によつて原告の事業所得の金額を算出するために、〈1〉竹輪、天ぷら又は蒲鉾製造卸売業を営んでいる個人であること、〈2〉福岡国税局管内に事業所を有すること、〈3〉青色申告書を提出していること、〈4〉昭和五六年分の仕入金額が三六〇〇万円以上一億四〇〇〇〇万円以下であること、〈5〉昭和五四年一月から昭和五六年一二月までの三年間を通じて〈1〉の事業を継続して営んでいること、〈6〉不服申立て又は訴訟係属中でないことの基準に該当する業者を抽出したところ、右基準のいずれにも該当する業者は佐賀税務署管内の一業者のみであつたこと、右類似同業者の売上金額、売上原価の額、必要経費の額は別表6記載のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右各金額を基礎として右類似同業者の売買差益率及び所得率を計算(小数点以下切り捨て)すると左記のとおりとなる。

昭和五四年分 売買差益率 三八% 所得率 一三%

昭和五六年分 売買差益率 三八% 所得率 一二%

そして、前記1の売上原価の額と右売買差益率及び所得率に基づいて原告の事業専従者控除額控除前の所得金額(円未満切捨て)を推計すると別表10記載のとおりとなる。

(二)  そこで、右推計の合理性について検討するに、本件においては、比準同業者数が一件にすぎず、このような場合、一般的には、同業者率の適用による推計は普遍性の担保を欠き、推計の合理性を欠くこともある。

しかしながら、同業者率は同業者一般の普遍的平均値としてではなく、近似値として適用されるものであるから、右近似値による推計を合理的ならしめる程度に比準同業者との類似性が認められ、同一地区で他に正確な資料を有する類似同業者が存在しない場合は、原告が反証によつて推計の合理性を覆すことが可能であることを考慮すると、比準同業者が一件であつたとしても、このことから直ちに推計を不合理とすることはできないというべきである。

そして本件においては、前記類似同業者は前記(一)記載の六基準に該当する外、前記乙ないし第二、第四号証によれば、右類似同業者の製造品目は竹輪及び天ぷらであることが認められ、右業者の売上金額からみて、製品の販売先も原告と類似していることが推認されるから、両者の間には推計を合理的ならしめる程度の類似性が認められるというべきであり、前述のとおり同一地区には他に正確な資料を有する類似同業者が存在しないから、後述のとおり反証がない以上、前記類似同業者の同業者率をもつて推計の基礎とすることができるというべきである。

(三)  次に、原告の特殊事情の主張について検討するに、販売先の拡大はどのような業者であつても通常行うものであり、それに伴い従業員が増加したり、製品の配達先が増えて交通費が増額したりすることも珍しいことではなく、竹輪一本あたりの売値の下落についても、食品の価格というものはそれほど安定しているわけではなく、ある程度の変動があるのが自然であるし、証人大庭武雄の証言によれば、スーパーによる値引きはすぐ他に波及することが認められるので、結局原告の主張する事情は被告が推計課税の基礎とした同業者についても起こりうることであつて、推計を不合理ならしめる程度に顕著な事情とはいえないから、原告の右主張は理由がない。

(四)  原告は、本件係争各年分の事業専従者控除額控除前の事業所得の実額及びその算出の根拠となる収益と費用の内訳は、別表8及び9記載のとおりである旨主張(実額反証)するので、以下この点について検討する。

証人大庭登美代及び同大庭武雄の各証言によれば、原告の事務所においては、各営業日の取引きについて、大庭登美代が当日もしくは翌日に総括伝票に記帳していたこと、店頭における現金売上分については、原告の長男の妻である大庭節子の口頭報告により、原告の長男大庭武雄の外回りによる現金売上分については、同人が事務所の黒板の片隅に、販売先毎に区別することなく総額を千円単位で記載したものを、それぞれ大庭登美代が総括伝票の現金売上欄に記入するという方法を採つており、右各売上分については後述の従業員橋口の外回りによる現金売上分について作成されている仕切書その他の裏付け書類が一切作成されていないこと、現金の管理については前記大庭節子がこれを行つていたこと、原告は自己の営業についての現金出納簿を備え付けていなかつたことが認められる。更に原本の存在及び成立について争いのない乙第一六号証の二ないし一四、証人大庭登美代の証言によりその成立が認められる甲第九号証の一三、第一〇号証の一三、二一ないし二三、第一二号証の一〇、一一、第一三号証の二七、第一六号証の七、八及び一四、第一九号証の一一及び証人大庭登美代の証言によれば、原告の従業員橋口の外回りによる現金売上分については仕切書が作成されていたが、右売上分については前記総括伝票への記帳漏れが相当数存することが認められる。以上の事実によれば、前記総括伝票は原告の本件係争各年の現金売上の実額を把握するための信頼できる資料とはいえず、他に右実額を認めるに足りる証拠はない。又、証人大庭登美代の証言及び弁論の全趣旨によれば、前記総括伝票及び仕切書の外、本件係争各年の現金売上を把握できる資料は作成されていなかつたことが認められる。そして、現金売上の実額が認められない以上、収入総額を把握することは不可能であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の実額反証の主張は理由がないことに帰する。

3  事業専従者控除額について

弁論の全趣旨によれば、原告の本件係争各年分の事業専従者は、前記大庭武雄、大庭節子及び原告の次男大庭治吉の妻登美代が、これに該当すると認められ、昭和五九年法律第五号による改正前の所得税法五七条三項一号により、その控除額は、事業専従者一名について四〇万円であるから、原告の本件係争各年分の事業専従者控除額は、いずれも一二〇万円となる。

4  そうすると、原告の昭和五四年分の事業所得の金額は一一五九万八四八五円、昭和五六年分の事業所得の金額は一二七六万四二六六円となる。

四  したがつて、原告の本件係争各年分の総所得金額は別表3記載のとおりとなり、右金額の範囲内でなされた本件各更正には、所得を過大に認定した違法は存しない。

五  次に、本件各賦課決定について判断するに、本件各賦課決定の前提である本件各更正に所得を過大に認定した違法が存しないことは前述のとおりであるから、本件各賦課決定には、原告主張の違法は存しないというべきである。

六  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 池田和人 裁判官 小林元二)

別表一

(昭和五四年分)

〈省略〉

別表二

(昭和五六年分)

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

〈省略〉

別表五

〈省略〉

別表六

〈省略〉

別表七

〈省略〉

別表八

〈省略〉

別表九

〈省略〉

別表一〇

〈省略〉

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